「脳神経センター阿賀野病院」は、おかげさまで、平成26年11月1日、創立40周年を迎えることができました。そこで、これまでの当院の歴史についてご紹介したいと思います。

 「脳神経センター阿賀野病院」は、昭和49年11月1日に、故・秩父政夫先生により個人立の「阿賀野病院」として設立されました。
病院開設当時はまだ未開発の、五頭山の麓に病院が建設され、120床で運営が開始されました。
 
その後、昭和53年1月に、秩父政夫先生を初代理事長として、医療法人潤生会を設立し、昭和55年8月に近藤崇先生を副院長に迎え、今日の礎が築かれました。昭和55年10月には、病棟・管理部門の増築を行い、病床数は135床となりました。
 平成9年4月には、入所定員96人の介護老人保健施設「阿賀の庄」を開設して、以後地域の医療・福祉に貢献してきました。
 平成11年7月には、病棟の増改築を行い、一般病棟42床、療養型病床群93床(43床+50床)に再編されました。
 しかし、ここで当院の歴史の中でも、最も残念な出来事を迎えることになりました。平成14年10月、理事長兼院長であった秩父先生が急逝されました。急遽、副院長の近藤崇先生が院長に就任され、その難局を乗り切ることとなりました。
 そして、平成15年5月に、二代目理事長に石川厚先生が就任し、新たなスタートを切ることになりました。
 平成16年4月、療養病棟のうち、第3病棟の50床を特殊疾患療養病棟として、神経難病医療を専門に行うという当院の新たな取り組みが始まりました。
 平成17年3月には、第1病棟を44床に増床し、現在の137床の病院の体制が出来上がりました。
 平成18年5月からは、石川理事長が院長を兼任し、検査設備を整備して、神経難病の専門病院としての機能充実がなされ、平成20年11月に、病院名を「脳神経センター阿賀野病院」と改称しました。
 従来からの地域医療のほか、パーキンソン病や多系統萎縮症、脊髄小脳変性症、筋萎縮性側索硬化症などの、いわゆる「神経難病」の専門医療施設として発展し、今日に至っております。
 この間、平成18年9月には、石川先生を初代理事長として、社会福祉法人阿賀野福祉会を設立し、平成19年9月に、特別養護老人ホーム「あがの八雲苑」を開設しました。高野施設長のもとに、その後順調に発展しております。
 また、平成23年には、新潟市の県庁前に、小林央先生を院長として、「県庁前神経内科クリニック」を開設しました。
 そして、平成26年4月より、私が理事長・院長として運営に携わらせていただいております。

 さて、病院開設当初は、周りに何もない山の麓の病院でしたが、現在は、緑豊かな自然環境の中で、介護老人保健施設「阿賀の庄」、特別養護老人ホーム「あがの八雲苑」、そして隣接する特別養護老人ホーム「やすだの里」、障害者支援施設「宝珠苑」を含め、一大医療福祉ゾーンを形成するに至りました。

 「神経難病」は、その特殊性から、一般医療機関での長期管理は難しく、専門医療機関での管理が必要です。また、社会の高齢化に伴い、認知症など、老化に関連する様々な神経疾患の増加がみられ、その専門的医療も求められています。
 当院は、日本神経学会の教育施設に認定され、新潟県難病医療ネットワークの基幹協力病院に指定されており、神経内科専門医により、適切な専門的医療を提供しています。
リハビリテーション部門を充実させ、身体機能の維持・向上、機能障害の進行予防を図っているほか、病気や障害を持った方々に、少しでも気持ち良く療養していただける環境を提供すべく、看護部門をはじめとして、各職種が一丸となって努力しています。
 度重なる医療制度の変化や、診療報酬改定で、運営体制の見直し、医療の内容の再検討が毎年のように要求されていますが、当院を必要とする患者様のためにも、これまで以上の努力をしていかなければなりません。

 これまでの40年を振り返り、これからの病院発展のため、職員一同とともに努力して参りたいと思います。